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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)60号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人照井勝利代理人森清上告理由第一点について。

本件裁決書中に大徳丸の当時の速力を一時間九、二海里ばかりと記載しあり、原判決はこの点に関し「(原告等に送附された甲第一号証の裁決書に大徳丸の全速力を九、二海里ばかりと記載せられありたるは後に被告が訂正したように誤記であつたと認める。)」と判示したのに対し、論旨は、原判決には右訂正の有無について証拠によつて事実を確定せず又訂正の法律上の効力を判断しない違法があるというのである。しかしながらその当時の大徳丸の速力が一時間八、二海里であつて甲第一号証の九、二海里が誤記であることは原審の適法に確定した事実であつて(論旨第二点に対する判断参照)裁決書の記載の誤記であることが認められる以上、裁決書の訂正の有無にかかわらず裁決書の趣旨は八、二海里であつたものとしてその当否を判断すべきものである。而して原判決は大徳丸の速力を八、二海里として裁決主文による上告人に対する懲戒の当否を判断し、これを相当としたのであるから、被上告人が裁決書中の右記載を訂正した事実の有無、訂正の効力等について判示する必要はなく論旨に理由はない。

同第二点について。

論旨は原判決が大徳丸の速力を八、二海里と認定したのは独断であるというのであるが、原審が右認定をしたのは所論のように単に同船の沖を走るときの速力のみによつて推断したのではなく、同船出港の時刻、本件衝突の時刻、同船が全速力で航走した時間、衝突現場に至る所要時間等を計算した結果右のような認定をしたのであつて、右認定は経験則に反することもなく、違法とすべき点はない。論旨は原審の専権に属する事実認定を非難するに止まり理由はない。

同第三点について。

論旨は原判決は開港港則施行規則一〇条の解釈を誤つた違法があるとし、本件衝突現場は防波堤から一五〇米の距離があり港の入口ではない。従つて石狩丸は大徳丸の進路を避ける義務はなかつたというのである。

開港港則施行規則一〇条は「汽船防波堤ノ入口ニ於テ出会ノ虞アルトキハ入港船ハ防波堤外ニ於テ出港船ノ進路ヲ避クベシ」と規定しており、その趣旨は入港船が出港船を見て入口に於て出会うかも知れないと予測されるときは入港船は防波堤外に於て出港船の進路を避けるべきことを規定したものと解するを相当とし、入口に於て出会つたかどうかの結果によつて遡つて避譲義務のあつたかどうかを判断すべきではない。原判決が「石狩丸としてはこの時より以前たる十時三十一二分頃には防波堤入口における出会の虞を感じて処理すべきである。」とし「これは、出会の虞が事前の状態であつて衝突地点によつて結果論的に考うべきでないことの当然の帰結である。」と説明しているのは上述の趣旨であつて、何等違法とすべき点はない。上述のように同条が入口に於ける出会の虞を予測される場合の規定である以上、同条の「入口」を所論のように、厳格な意味の入口に限るべきでないことも当然のことであつて論旨に理由はない。

同第四点について。

論旨は、開港々則施行規則一四条に「雑種船ハ汽船及帆船ノ進路ヲ避クベシ」と規定されているのは、狭い港内に於ては大型船の操縦は困難であるから比較的操縦の容易な雑種船に避譲の義務を認めたものであるということを論拠として、同規則四五条一項が雑種船として挙げている所謂汽艇とは汽走する小型船の意味であり同条第二項に烏賊釣船というのも烏賊釣船乃至これに匹敵する小型漁船の意に解すべく、従つて大徳丸は雑種船であると主張するのである。しかし原判決にも判示しているとおりに、開港々則施行規則一四条は、所論のような理由のみによつて設けられた規定ではなく、港内を往復する小型の船舶に対して港内の安全を期するため避譲の義務を負わせ、以てそれ以外の港内に出入する船舶に運航の便宜を与えるという趣旨もあるのであるから、同規則四五条一項に所謂汽艇とは主として港内を運航する小型汽船と解すべく、又同条二項は函館港における烏賊釣漁業に従事する船舶の活動、状況を考慮し、一般通航船舶の便宜を期するため特に例外的に規定されたものと解すべきである。そうだとすれば、右の汽艇の意義を所論のように広く解釈すべき理由もなく、また特に例外的に雑種船として認められた烏賊釣船の意味を拡張解釈して他の一般の小型漁船をこれに含ませるべき理由もない。それ故港外の恵山沖漁場において機船底曳網漁業に従事する発動機附帆船たる大徳丸が、前記規則四五条にいわゆる汽艇でもなく、烏賊釣業に使用する船舶でもなく、従つて雑種船でないことは明らかである。原判決は正当であつて論旨は理由がない。

同第五点について。

論旨は大徳丸が航行禁止区域を通過したかどうか、同船が全速力に移つたのはいずれの地点であつたかについて、原判決の認定した事実を非難するのであつて、所論は上告適法の理由でない。原判決の説明には所論のような理由齟齬はない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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